シンポジウム
「新たな大気汚染公害被害者救済制度をめざして」
〔後編〕

原因者による費用負担を
東京経済大学の片岡直樹教授は、これまでの発言を受けて、救済制度は、なによりも迅速に被害者を救済することを優先させたものであるため、提案内容は限定的であると指摘しました。
「今後検討すべき点として、88年の指定地域解除以降に発生した被害が救済されていないことに加え、解除以前においても、被害申請をした者だけが救済・給付を受けることができる『申請主義』のため、この枠に含まれない被害が取り残されています。また、提案された救済案では、前提として、指定地域と暴露要件があり、この2要件がある限り、救済からもれてしまう被害も無視できません」(片岡氏)
さらに、社会保障制度の医療保障制度(国民健康保険など)が、被害者の自己負担分以外の医療費を負担してきたことにふれ、「汚染に関わる責任者が適切な負担をせざるを得ないしくみがあれば、他の社会保障制度にしわよせが及ぶことはなかったはず。費用負担の公平さを追及することは重要」と述べました。

東京経済大学の片岡直樹教授


大気汚染被害救済検討会・ワーキンググループメンバーの尾崎寛直東京経済大学准教授からは、「今回の緊急提案は、既存の社会保障制度にのっかるかたちで、自己負担分を原因者に負担させる内容だが、社会保障制度が使われている現状は、本来はあるべき姿ではない」と指摘しました。
「未認定患者の場合は通常の医療保険制度を使用せざるをえないため、治療費の自己負担が重くのしかかり、経済的困窮から生活保護を受けることもあります。大気汚染といった第三者行為(他者による加害・傷病)に保険を適用することは、医療の常識ではありえない話です。」(尾崎氏)
通常よりも高いぜんそく疾患率は、明らかに環境汚染の影響であり、こうした疾患の医療費について、「原因と責任の所在を明確にし、加害者が基金をだしあい、医療保険制度に準じた別建ての制度をつくるのが、より本質的な解決策ではある」と発言しました。

左から吉村良一立命館大学教授、除本理史東京経済大学教授、
渡邉知行成蹊大学教授、尾崎寛直経済大学准教授(以上日本環境会議・
大気汚染被害者救済制度検討会・ワーキンググループメンバー)。
東京大気汚染裁判弁護団長の原希世巳弁護士、
東京大気汚染公害裁判原告団事務局長の石井牧子氏。





ワーキングメンバーであり、シンポジウムの司会を務めた磯野弥生東京経済大学教授


「沿道から50メートル」の限界
「川崎公害病患者と家族の会」の大場泉太郎事務局長は、川崎で毎月約60人の認定患者が発生していると報告し、「国の救済制度が必要だと感じている。当面の課題は、患者の1割負担の廃止、在宅酸素などの治療内容の充実、居住要件3年を1年に短縮すること。また、川崎市の対策では、大気汚染被害ではなく、アレルギー対策としてしか位置付けられていないという問題がある」と述べました。

とりわけ、多くの患者が発生しているのは宮前区で、同地域には測定局がなく、環境基準を超えているのか分からないため、救済の基準に、自動車の集中・集積が12時間で一万台(川崎判決)といった数値が使えないか提案しました。
「患者の3分の1が宮前区から発生しているのは、12時間で一万台以上の自動車が走行する道路(東名高速、国道246号、第3京浜)が集中しているからではないでしょうか。また、大気汚染が滞留してしまう地理的条件もあって、患者が増えていると推測しています。」(大場氏)  

川崎公害病患者と家族の会の大場泉太郎事務局長



ワーキンググループメンバーの渡邉知行成蹊大学教授は、宮前区について、「同地域は、幹線道路沿道から50メートルの地域外ですが、単純に道路から離れれば被害が減るかといえば、そうではなく、沿道から離れた地域でも、汚染がひどいケースがある」と述べました。尼崎判決以降、救済範囲を「沿道から50メートル」とすることがありますが、「一定の推測や、今後の調査も含めて、救済範囲を広げていくべき」と述べました。

東京大気汚染裁判弁護団長の原希世巳弁護士は、「今回提案された救済制度には賛成ですが、大気汚染裁判を闘った代理人として率直に申し上げれば、我々は面的汚染について、メーカーに責任があるという立場で闘ってきたので、被害補償制度を沿道に限るという提案については、引き続き、面的汚染であるということを追及していきたい」とコメントしました。

渡邉知行成蹊大学教授、尾崎寛直経済大学准教授


自動車社会へ誘導した国の責任
全国公害弁護団連絡会幹事長の村松昭夫弁護士は、「国の責任の一つは、実行可能な単体規制を行わなかったことであり、もう一つは、自動車数を増大させ、道路混雑を引き起こすような都市計画、都市形成をリードしてきた点です。今のような自動車社会は、国の道路整備五ヵ年計画や、それを支える道路特定財源制度によって誘導され、私たちの暮らしに自動車が入りこんできている」と述べ、国の責任は重いものがあると主張しました。

除本氏は、国の都市計画、都市形成における責任を、被害者救済の財源負担の根拠とする議論は、今後の課題だと述べました。
吉村氏は、「この手の国の責任について、裁判所はまともにとりあわない。どれだけ国が構造的な関わり方をしているのか、磯野先生が研究されている制度創設者の責任もふくめて、国の責任をどう考えるべきか、検討が必要」と述べました。

全国公害弁護団連絡会幹事長の村松昭夫弁護士

自動車ユーザーの責任
「千葉あおぞら連絡会」の伊藤章夫氏からの、「自動車ユーザーの責任を認めるべき」との指摘については、渡邉氏が、「大気汚染の被害を避ける可能性を考えると、自動車ユーザーよりも、技術開発を担うメーカーが鍵を握っている。また、ユーザーといっても、一般の消費者から、運送業者(個人事業から大手まで)と多様なため、一律に扱うことは難しい。一般消費者に責任を問うとなると、車の所有が前提で生活が成り立つ地方の自動車ユーザーについても考慮した検討が必要」と回答しました。



千葉あおぞら連絡会の伊藤章夫氏


汚染や被害者の実態調査を
下関市立大学の下田守教授は、「被害者救済制度が不十分である理由の一つは、汚染や被害の実態が十分に解明されていないから」と指摘し、原因者や加害者が明確になれば、責務も明確になると述べました。「仮に、原因がはっきりしていなくても、汚染なら環境行政、健康被害は厚生行政に責任があるわけで、その点はもっと主張してもいいのでは」とコメントしました。






下関市立大学の下田守教授



実態調査は、各地の患者会などが行っています。「あおぞらプロジェクト大阪」では、被害者の実態調査が行われており、5−6月に調査結果を分析し、7月には政策にまとめる予定だと同団体の中村毅事務局長が報告しました。
「NO2の環境基準緩和によって、大阪の一般局は全て基準をクリアし、自排局でも94%が達成している。しかし、大阪では一万人以上が公害疾患をわずらっていることから汚染が改善されていないことは確かです。」(中村氏)
大阪にも救済制度を設け、健康で安心して暮らせる環境をつくることを目標に活動していると話しました。

東京大気汚染裁判患者会事務局長の石川氏は、「100人の被害者がいれば、100通りの被害がある」と、多様な被害実態があることに触れ、「医療費の補助は最低ラインです。今後も、患者が必要とする救済や補償を求め続けていきます」と述べ、患者救済の運動の継続を訴えました。

あおぞらプロジェクト大阪の中村毅事務局長



ニーズに沿った自由な制度設計で救済を
全国公害弁護団連絡会議顧問の豊田誠弁護士からは、「公健法の改正ではなく、別の制度提案をした理由は」との質問がありました。
吉村氏は、改正が改悪の方向に動く危険性を避けるため、別の制度を提案したと回答しました。
「ワーキンググループが環境省とヒアリングをした際、公健法の、さまざまな問題が浮き彫りになりました。私たちからの指摘に対して、『公健法では、そうした問題を視野に入れていない』と回答される点が多く、こうした状況であれば、公健法の改正ではなく、より現状に沿った制度を、自由に設計をしたほうがいいという結論に至ったわけです。」(吉村氏)



全国公害弁護団連絡会議顧問の豊田誠弁護士

PM2.5の基準設定は今春に発表予定
東京大気汚染訴訟弁護団の西村隆雄弁護士からは、PM2.5の環境基準設定について、最新の情報が報告されました。
「PM2.5の環境基準設定が現在、山場を迎えています。環境省の話から推測すると、おそらく5月に、専門委員会による基準案をまとめ、パブリックコメントにかけて、7−8月に、基準を設定することになるようです。基準の設定を決断したことは歓迎すべきですが、どのような基準になるかが重要です。環境省の今後の対応ですが、日本にPM2.5についてのまともな調査データがないため、WHOやアメリカの基準を参考にすることが予測できます。しかし、日本の状況は他国と違うとの見解から、海外の厳しい基準を採用せず、日本独自の緩い基準を提示するおそれがあります。」
環境省からPM2.5の環境基準が提示されるまでの1〜2か月が勝負だとし、現在、厳しい環境基準が実現するよう、環境省にむけた、PM2.5の団体署名を行っていると報告しました。また、基準が厳しいものになるかどうかは、本シンポジウムのテーマである大気汚染被害者救済制度の実現に大きな影響力があると話しました。

東京大気汚染訴訟弁護団の西村隆雄弁護士

最後に、吉村氏が、今回提案した救済制度は、大気汚染公害の被害全体をとらえた理想的な内容でないことは十分承知した上での提案だと説明し、緊急に救済制度をつくり、これを突破口にしてさらなる展開をしていきたいと語りました。
また、救済制度実現の鍵は、制度の必要性が国民に理解されることが重要だと指摘し、「大学でも、公害は過去のものだと考えている学生が多く、なぜ救済制度が必要なのか、汚染の実態を知ってもらう必要を感じている。研究者だけでなく、運動の課題でもある」と述べました。

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JEC 日本環境会議