シンポジウム「公害・薬害・職業病 被害者補償・救済の改善を求めて」
シンポジウム「公害・薬害・職業病 被害者補償・救済の改善を求めて」が、5月30日、YMCAアジア青少年センターで開催され、108人が参加しました。主催は、公害薬害職業病補償研究会と東京経済大学。共催は、日本環境会議と全国公害弁護団連絡会議でした。

シンポジウムでは、薬害・公害・職業病などの補償・救済制度の設計や運営には当事者がかかわること、また、財源によって対象範囲が不本意に制限されてはならないことが確認されました。

パネルディスカッションでは、研究会が作成した報告書を参照しながら、水俣病、サリドマイド、カネミ油症、大気汚染、アスベスト問題の各制度を相互比較し、今後の被害補償・救済のあり方について検討をしました。司会は、一橋大学の山下英俊氏が、進行役は、東京経済大学の尾崎寛直氏が務めました。

サリドマイド

加害企業(日本の市販企業は,大日本製薬ほか)に経営的問題がなく、安定した被害者補償が行われていると医療ジャーナリストの川俣修壽氏が述べました。
「欧州を中心に被害が拡大した結果、国際的に認定基準が確立されました。さらに、米国の消費者運動家・ラルフネーダー氏が厚生省に質問書を提出して国際問題になったために、日本独自の解決を望んでいた大蔵省の計画は崩れました。さらに、イギリスでは、加害企業が低額な金額を提示し、世界的な不買運動が起こり、その様子は連日、日本の新聞でも報道されまして、日本政府は、反発を避けるためにも、世界標準での解決しかないと追い込まれたのです」(川俣氏)
水俣病

補償制度としては、1973年に患者が勝訴した第一次訴訟判決と、その後の直接交渉を経て、患者は個別にチッソと補償協定を結んできました。水俣病被害者互助会事務局の谷洋一氏によれば、「協定を結んでいる認定患者は2269名のみ。一方で、2万7000人が水俣病の病状で新たに申請中です。さらに、被害を受けた不知火海南部沿岸地域住民数は20万人程度。メチル水銀汚染が流通した範囲も考慮すると、水銀暴露をうけた母集団は200万人程度に達するはず。こうした状況下で、補償に終止符を打つ分社化という考えはありえない」と訴えました。また、「補償制度はあるのに、新たな厳しい認定基準を採用し、認定患者が増えないしくみができてしまった」(谷氏)という指摘もありました。

また、補償の財源確保のため、加害企業チッソの分社化が提案されていることについて、東京経済大学の除本理史氏は、「チッソの分社化は、分社化した会社の株を加害企業である親会社が売却し、その利益(約2000億円)で全ての補償を終わらせ、加害企業を消滅させる乱暴な考え」とし、2004年の最高裁判決によって国の責任が明確になった以降も、「国は、PPP原則と言いながらも、政府への責任追及を回避するために、チッソを矢面に立たせてきた」と解説しました。

サリドマイド被害者と比較して川俣氏は、「サリドマイドの重症者が4000万円の賠償金(医療費他込)で、胎児性水俣病患者の重症者が1600〜1800万円。サリドマイド被害者の障害は、胎児性患者と比べたら軽いと言わざるを得ない。これほどの被害を受けた水俣病患者を、国はなぜ十分な補償をしないのか」 と述べました。
カネミ油症

補償・救済制度や協定のないカネミ油症について、下関市立大学の下田守氏は、「医療費の一部を加害企業・カネミ倉庫が支払うほか、毒であるPCBを熱媒体として売った鐘淵化学工業(現カネカ)との和解で見舞金の支払いがあった。鐘化は、その後認定される被害者の和解に応じないとし、今日にいたっている」と説明しました。
カネミ倉庫については、「当初から中小企業だから財政的に厳しいと説明しており、補償・救済の過程に影響を及ぼしている。しかし、本当に小さな会社かというと、そうでもない。そもそも、経営状況の開示がされていないため、詳しいデータがない状態です」(下田氏)
カネミ油症被害者支援センターの藤原寿和氏は、被害防止を防げなかった厚労省の責任を踏まえ、「本当にカネミに支払い能力がない場合は、汚染や被害の実態を十分に調査しなかった行政責任から、国が一定の補償給付をするべき」と述べました。
藤原氏からは、森永ヒ素ミルク事件とカネミ油症事件が契機となり、経済企画庁と厚生省で、食品被害による被害者救済制度が検討されたが実現しなかったこと。その理由として、多様な食品企業に一律的に救済制度を設けることが難しかったと説明。
その後、国会議員への働き掛け、森永ヒ素ミルクのような基金制度、難病指定や、公害健康被害補償法の対象についても厚生省で検討されたのち、挫折したことも報告されました。
アスベスト

労災(職業病)と公害、自営業によるアスベスト被ばくが問題になっているアスベスト被害は、8割が職業曝露だといわれています。しかし、被害者の多くは、労災保険制度に比べて不十分な救済法の対象になっています。
石綿対策全国連絡会議の古谷杉郎氏は、休業補償については、「労災では、所得の8割を補償。遺族年金もある一方で、公害被害者は、石綿健康被害救済法にのっとり、療養手当が月10万円だけ。内訳は、入通院の諸経費と介護手当金ですが、病院までの交通費だけで10万円が消えてしまう人もいれば、交通費がかからない人も一律同額。大きな差が生じています。」と問題点を指摘しました。
石綿健康被害救済法は、労災補償制度で救われない全てのアスベスト被害者を救済するもので、公害患者、自営業の職業病患者が対象になっています。「公害患者、労災患者、10年前、30年前に亡くなった方についても救済できます。本来は今年3月までの時限措置でしたが、昨年の法改正で、3年延長させました。できれば時効を取っ払いたいと考えているところです」と評価する一方、
「職業病なのに労災が認められ内患者が泣き寝入りになってしまう」と懸念を表しました。
財源は、労災は総人件費に保険料率を掛けたもので、石綿救済法は、特定企業の加害責任に基づくことにせずに、すべての労災保険適用事業主と船舶所有者から、広く薄く集めています。さらに、石綿使用量が多く被害も多い4社(ニチアスなど)からは二階建ての徴収システムとなっています。
古谷氏は、「アスベストに関しては特に大気汚染公害と同様、複数の企業が関与しているので、救済を行う財源、あるいは基金が、どういう形になるのかが大きな課題。加害者の責任があいまいにならないよう注意が必要」 と述べました。
大気汚染

公害健康被害補償法における認定率が7割以上という大気汚染公害ですが、病状が治ることが前提になった制度設計であり、将来的に補償・救済が打ち切られることも予測され、認定率が高くなっていると、除本氏が説明しました。

「認定患者が多いのは事実。ただし、1988年3月以降、新しい認定申請ができなくなっている。また、88年 以前でも、工場からの公害を念頭に置いた制度だったので、自動車排ガス汚染がひどい地域の大気汚染患者は申請できなかった」と指摘しました。

補償・救済の財源は、工場・事業場(固定発生源)からの汚染負荷量賦課金と、硫黄酸化物の排出量に応じて支払うものが8割、自動車ユーザーが払う自動車重量税という税金が2割という費用負担になっています。
除本氏は、「1972年の四日市公害判決のころの、責任のとらえ方が制度に反映されており、自動車排ガスの寄与率が、低く評価されている点が問題」と指摘。
公害病によって所得が減った患者を対象には、1〜3級のランクによって、賃金を填補する仕組みがありますが、「3級に満たない患者さんが4割近く存在しており、補償費がもらえていない」と指摘しました。
全体討論

5つの事例についての議論を踏まえ尾崎氏は、「日々患者が苦しみ、悲しみ、いろいろな介護で疲れ果てている状況がある中で、補償・救済の制度設計の中で、国は金の動きとしか見ていないのは遺憾だ」と指摘しました。

基調講演を務めた東京経済大学の礒野弥生氏は、救済制度について、その時々の社会的要請や運動に対応するかたちで、政府がある意味やむなく制度設計をして運用してきたものだと述べ、より良い救済制度を目指していくことが重要と述べました。 また、「金融機関の責任」も含めた関与者の責任を考える必要性を指摘しました。

会場からの質問「現状を知り得ない市民の感覚が、救済理念に影響を与えているのではないだろうか」については、古谷氏は、
「アスベストでもほかの問題でも、一番の原動力は、患者や家族が声を上げること。もちろん、それを受け止める社会やメディアの視点もありますが、裁判が終わり補償金が支払われたら、あるいは制度が誕生したら、被害が終わるわけではないことから、今後も続く健康被害や生活や家計への影響を、次の世代に伝える活動が力になっていくのだろうと思っています」回答しました。

会場には、被害者団体も駆けつけました。

研究会の事務局を担当している久保田好生氏は、被害側、運動側、心ある研究者が参加するこのようなネットワークで、被害者の支援だけでなく、活発な情報交換を今後も続けていきたい」と語りました。
(記録・奥田みのり)

 
JEC 日本環境会議